自民党総裁選の候補者の一人である河野氏が、基礎年金を全額税負担にする案を提唱しています。税か、保険かというのは、だれが負担を担うのかという点でも、年金制度の理念の点でも、極めて大きな問題であることは言うまでもありません。
けれど、どんなに優れたアイデアでも現実に機能しなければ机上の空論に終わるわけで、マクロ的に見た実現可能性がより本質的な課題であると思います。そこで、今回はおおざっぱな計算をしてみたいと思います。なお、この概算の目的は、アイデアと現実を結びつける枠組みを提示することであり、正確な数値をだすことではありません。従って、この計算に使われた数字や前提に同意できない場合には、自由に数字を変えて試算を行ってもらって構いません。
いくつかの前提や、事実
人口構成など
人口構成に関する以下の二つのグラフは、統計ラボから引用させていただきました。
ここでは、非常にざっくりと65歳以上の人が基礎年金を受給する権利があり、20歳から64歳までの人が年金保険料を払う必要がある、と仮定しましょう。この計算では年金受給資格がありうる人は28.8%、保険料を払う人は最大54.7%です。
実際には、65歳以上だけれど過去に年金保険料を十分に納めていないので受給資格がない人がいます。厚生労働省年金局のホームページによれば、公的年金受給者数は3565万人(令和元年)になります。日本の人口が1億2500万人ぐらいなので、28.5%ぐらいとなります。65歳以上の28.8%と随分近いですね。
実際には65歳より前から受給する人がいる部分と、保険料を十分に払えなかったため受給権が無い人がいるはずですが、さしひきトントンぐらいで、概算値としてはまずますといったところでしょうか。
現時点では65歳以上と65歳未満20歳以上の人の比率は1:2ぐらい、つまり2人で1人を支える計算になります。人口ピラミッドをみるとこの比率はますます高齢者層が増す方向にいくのは明らかで、この時には年金財政負担の問題が深刻化することになります。けれど人口動態の変化だけをとってみると、誰かが負担しなければいけない金額の総額は変わらないのでマクロ的には中立です。従って、今回は現在の年金会計の収入と支出に絞って考えることにします。
支給額など
基礎年金の総額は24兆円(ほかに厚生年金が31.6兆円)なので、24兆円 ÷ 3565万人 ÷ 12か月=約56000円となり、受給者一人当たり月額5万6千円もらっていることになります。
満額もらえば月に約6万5千円(令和3年度)なので、平均してみると8割強といったところですね。納付猶予や一定期間未納の受給者もいることを考えるとそれなりに納得のいく数字ではないかと思います。
さて、年金保険料は月額16610円(令和3年度)です。基礎年金の給付金の財源は年金保険料が半分、政府(税)からの繰り入れが半分、ということになっています。また、基礎年金は賦課方式になっているので、現役世代が全員年金保険料を払っているとすると、
16610円(一人当たり保険料)×2(現役世代と退職世代の比率)×2(国税によるマッチング)=約6万5千円
ということで、なんとなく支給額と計算があうのですね。実際には、年金保険料の納付率が2019年度で69.3%ということで、約30%ぐらいが未納になります。ただし過去2年分の未納は遡って納入できるということで、この数字は最大10%程度あがるようです。甘めにみて、最終的には80%の納付率になるとすると、
約6万5千円×0.8=約5万2千円
となります。給付側から計算した5万6千円とはそれでも乖離があるけれど、非常にざっくりとした試算としてはまずまずの精度ではないかと思います。
マクロ的にみたポイントは何か。
基礎年金の給付金の財源は、年金保険料が半分、税金が半分ということで、令和元年の数字を使えば年金保険料は12兆円、税金は12兆円になるので、税方式か保険料方式は12兆円をどう負担するか、という議論になります。
マクロ的にみた副次的な要素としては、収入面では現在保険料未納の人たちの分をしっかりと捕捉できるのかという話、支出の面では、過去に未納だったりといった事情で受給資格が無い人たちを受給対象に含めるかどうか、という点になりそうです。
なお今回の概算では、現時点での受給者・銃額をデータとして使っているため、一定の年齢以上の全ての国民が満額受給できる、という制度にした場合にどの程度給付額の総額が増えるかは別途考えてみる必要があります。
また、高額所得者・高額資産保有者を除外することで給付額を圧縮するというアイデアは給付総額のコントロールという観点では有効ではあるけれど、何を基準にするかという議論をする前に、何割ぐらいの国民を対象から外すか、というレベル感の議論をするひつようがありそうです。トップ10%ぐらいを除外することは、政治や国民感情の点では意味があるのだろうけれど、支給額のコントロールという観点からは効果は限定的です。一方で社会保障の側面を強く打ち出し、5割ぐらいの国民は対象から外す、ということになれば年金財政は非常に楽になりそうです。
12兆円というのはどのぐらいの規模か
以下のグラフにあるように、税収は約60兆円、そのうち所得税が約20兆円、法人税が約12妖艶、消費税が約22兆円です。
累進性の捉え方に応じて激しい議論を呼ぶところではあるけれど、国際間の競争や、勤労所得以外への所得の多様化、退職者など、勤労者以外の比率の高まり、またインバウンドを通じた観光立国にした場合の観光客からの税収、など様々な点で、直接税(法人税・所得税)に頼る構造は難しいと言わざるを得ません。
それでも、あえて直接税の引き上げで対応することを考えると、所得税を約1.6倍にするか、法人税を2倍にするか、あるいはその組み合わせが必要になります。
一方で、消費税で対応する場合には税率を1%上げるごとにやく2兆円の税収増といわれている(10%の税率で約22兆円、ということでレベル感はあいますね。)ので、単純計算では6%の引き上げが必要になります。もっとも、実際には消費税をひきあげれば(価格弾性値が高い消費財を中心に)消費が少なくとも一時的に落ち込むことは明らかで、引き上げからしばらくは税収の下振れを覚悟する必要があります。
消費税でまかなうとすると、どのぐらいのインパクト?
年金保険料は、「家計調査(家計収支編)令和元年(2019年)」によると、毎月の四人家族(勤労世帯)の場合、
平均収入 | 63万6681円 | |
税金・社会保険料など | 12万359円 | |
可処分所得 | 51万6322円 | |
生活費 | 34万6773円 |
となっています。仮に可処分所得の全てがいずれは消費され、さらに消費費目の中に消費税がかからないものが無い、というきつめの過程を置くと年間で、消費税が対象になる消費の総額は約620万円になります。これに対して、6%の税額をかけると、年間の消費税の増分は約37万円です。
実際には、たとえば人生の間で最も大きな買い物の一つである住居に関してみれば、土地には消費税がかからないし、売主が個人の不動産にも消費税がかからない、ということで実際の消費税の負担額は平均してみれば、大幅に低くなると考えられます。
これに対して、一人1万6500円×12×2(四人家族には二人の成人がいると想定)=約40万円
となるので、平均的な勤労世帯の場合は実は負担額は減ることになります。消費額がこれより少ない世帯では、年金保険料を納めるよりも、消費税を通じて負担する方が負担が軽く、所得が高く従って消費額も多いであろう世代が、より多く負担することになります。
従って、所得税と消費税の比較とは逆に、年金保険料と消費税の比較では年金保険料の方が逆累進性が高いことになります。定額と低率の比較を考えてみるとあたりまえではありますね。
制度設計・ミクロ的な視点での課題
多くの勤労者は基礎年金相当分を厚生年金と同様に企業経由で納付しており、さらに企業負担分があることから、この計算が家計にとって妥当性をもつためには、企業負担分の保険料が給与増というかたちで勤労者に還元されることが大前提になり、ミクロでみた制度設計の重要課題です。
また、過去にまじめに給付してきた人たちと、そうでない人たちが、一律同じ支給額になるとか、過去給付してきたにも関わらず高額所得者として給付を受けられない、といった状況になれば不公平感が高まるでしょう。したがって、過渡期の取り扱いは重要な課題です。
ベーシックインカムとの関連
国民に等しく最低限度の生活を保障すべき、という発想はベーシックインカム論と重なるところがあります。また、税方式の年金が仮に確立したとすれば、なぜ退職世代は生活(の一部)が基礎年金を通じて保障されるのに、現役世代は同じ枠組みの恩恵にあずかることができないのか、という疑問もわいてくるでしょう。
従って、年金を税方式にするという議論は社会保障体制を考える入口に過ぎず、その先に見えるベーシックインカム制度を踏まえた議論が必要になるように思えます。
生活保護制度や、現物支給・減免・割引などを通じた各種の社会福祉制度をいったんゼロベースで見直し、公共財として行政サービスで提供することが、民間が提供するものを個々が購入するよりも合理的であるケースを除き、それらにかかっているコストをベーシックインカムとして現金で支給し個人の判断にゆだねる、ということであれば、公平性と効率性を担保した制度ができるのかもしれません。
現時点でのまとめ
税負担の話はそれだけきくと非現実的に思えるものの、仮に給付者のベースがかわらないとすれば、国民全体での負担額はかわらないし、年金保険料→消費税になったとしても、逆累進性は弱まる方向に働く、ということを踏まえると、(消費税と名の付くものはとにかくダメ、といったイデオロギーは除き)合理的な議論であれば、折り合いがつく余地は広いのかもしれないと思えてきました。
一方で、受給権者は確実に広がることが予想され、生活保護を含む他の福祉政策との重複がでてくると同時に、追加コストの捻出も踏まえて考えると、福祉政策の統合+簡素化を同時に視野に入れていく必要がありそうです。
さらに、現実の世代間不均衡に加え、現役世代と退職者世代の不公平感の高まりも踏まえると、税方式の年金はベーシックインカムの議論につながっていくはずで、大局的な議論をすべきだと思われます。
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