ウクライナ情勢を考える―考察

目次

リアリズムの重要性

「正義」などの教条的な考え方から離れよう

絶対的な正義や善が存在するかどうかは、哲学や、正義を定め強制する絶対神の存在の有無にも関わる問題であり、実社会の問題を考える上ではあまり有意義ではなさそうだ。仮に共通の正義が定義できたとしても、確信犯としてこの正義を犯そうとしているのがあり、これを糾す有効なメカニズムが存在しないのだとすれば、正義に関する議論は机上の空論にすぎない。

従って、実社会の問題を考える上ではリアリズムを重視すべきだし、立場が違うものに非合理・不正義といったレッテルを貼ったり、裁いたり(Judge)する代わりに、それぞれに立場に応じた理由があると考えて、その理由や構造、そしてそこから派生する影響を理解することに努めたい。換言すれば、倫理的妥当性や普遍的正義といったものさしを排除することだ。

今回のウクライナ危機に関して言えば「アメリカにはアメリカの、ロシアにはロシアの道理・大義(Cause)がある。」と考えるところからはじめよう。

功利主義、損得計算 → 最適化問題

倫理や正義という物差しを取り除いた後に行動原理として残るのは損得である。ただしここでの損得とは単に金銭的なものを指すわけでは無い。自尊心を満たすなどの精神的な満足感であっても、十分な報酬として働く可能性がある。

人の行動を理解するためには、ゲーム理論的に言えばそのゲームにおける報酬、最適化理論の言葉を借りれば、目的関数を把握すればよい。これに加えて、この人が選ぶことのできる行動の範囲・オプションを理解し、この人がおかれている制約条件を把握することができれば、行動を決定する要因を明確化できるはずだ。

このアプローチでは、人は与えられた前提のもとで必ず合理的である。この一方で、目的であったり、現実認識であったりといった前提については、ある基準で見たときには、非合理であることも当然のように起こりうる。

割引率

短期間の利益につながる行動と長期間の利益につながる行動が一致するとは限らない。長期間の利益については結果の不確実性が増すことが多いだけに割り引かれるが、短期の利益と長期の利益の比率をきめる割引率も問題を理解する上では、重要だ。特に結果を出すまで待てる人と、すぐに結果が出ないと困る人の間では、他の条件が同じでも選択に違いがでてくるだろう。

示唆するのは、Pax Americanaからの脱却へ向かううねり

第二次世界大戦および冷戦の終結を経て、アメリカが確立したPax Americanaは、最終的にはアメリカが世界にとって良いと思うことを受け入れることを前提とする仕組みだった。

群を抜く軍事力・経済力とソフトパワーを背景に、アメリカが世界の平和と秩序を保障しつつ、自国の利益の追求に対して抑制的なアプローチをとりつづける限りにおいて、多くの国にとってはアメリカの優越的な地位を認めつつ、平和の果実、経済的繁栄を享受する方が得だという判断が働き、結果としてシステムに均衡がもたらされることになる。

Pax Americanaを受け入れるコスト

アメリカが同盟国をまとめていく上で、自由や民主主義、人権といった旗印になるような大義は重要だけれど、これらは手段であって目的ではない。

平等という理念一つとっても、人類全体が、先進国の平均と同程度のエネルギー消費や生活水準を維持するためのリソースが存在しない、という事実を前提とすれば、先進国の生活水準を大幅に下げることが必要になる。こうした結果を本気で追求する先進国のリーダーや国民がいただろうか。スローガンとしては成立しても、現実の政策としては大義は過度の役割を与えられるべきではない。

しかしグローバリズムが世界をより密接に結びつけ、過信により理想主義の声の高まりと共に、アメリカを中心とする西側は抑制的にふるまうのをやめてしまった結果として、非西洋諸国を中心にPax Americanaを受け入れ続けることのコストが高くなってきたのではないだろうか。警察には民事不介入の原則があるけれど、世界の警察官としてふるまっていたアメリカにも、こうした姿勢をより強くもつことが必要だったのだろう。

Pax Americanaのメリットの衰え

一方で、アメリカの経済が世界に占める比率は年々小さくなってきているし、アメリカには他国に対する懐の深さを見せる余裕がなくなってきている。この一方で中国市場が大きく拡大するなど、韓国だけでなくヨーロッパ諸国、日本などもアメリカだけをみていれば良かった時代ではなくなりつつある。

アメリカは国内におけるポピュリズムの台頭、左右の分断の激化、グローバリズムへの反感と内向きの姿勢の強まりなどの構造的な問題を抱えている。これに加えて、短期的にはアメリカの覇権の弱まりの象徴ともいえるアフガニスタンからの混乱を伴う不名誉な撤退、トランプ政権が引き起こした同盟国間の足並みの乱れ、そして指導力に疑問符の付くバイデン政権などの弱みを抱えている。

押さえつけられてきた自我の発露

中国や、ロシアのように歴史の一時期において今よりも大きな役割・地位を占めていた国にとって、アメリカ主導の現在の秩序を受け入れることは、他の国よりも一層の努力を必要とするだろう。こうした国は、相対的なパワーバランスが自国にとって優位になってくれば、現状を変更することへの意欲が顕現化しやすい。

新たな世界秩序を目指す動きの一つ

こうした状況を踏まえれば、ウクライナ危機は単発の危機ではなく、Pax Americanaからの脱却と新たな体制の構築へと向けた、多分に不可逆な可能性のある、大きな流れの中の一つの出来事であり、今回の事態がどのような形で収束するにしても、今後類似したイベントが多発する可能性が高いと考えるべきだ。

こうした考え方は決してユニークなものではない。例えば、Bridgewater Associatesの共同商業者であるRay Dalioは繰り返し世界秩序の変化について警鐘をならしており、近著”Principles for Dealing with the Changing World Order: Why Nations Succeed and Fail”でも議論をしている。

損得勘定

ロシアの損得

短期的な影響

ロシアにとっては、2014年のクリミアの併合、東部2州への影響力の浸透から始まった一連の流れのモメンタムを維持しつつ、影響力の一定の拡大や、西側諸国における足並みの乱れなどを誘いつつ、次の機会を伺うポジションを維持しつつけることができればポイントになる。

一方で、想定される経済制裁の内容と程度によっては、国力を損なうばかりでなく、国内の不満の引き金になりかねず、Putin政権の安定を脅かす要因となりかねない。また、行動が西側諸国にとってのレッドラインを越えてしまえば、本格的な戦争状態を含むLose-Loseのポジションを双方ともに余儀なくされる可能性がたかまる。

長期的な影響

中国の台頭は、アメリカだけでなく、ロシアも、中国と比較した際の相対的地位の低下に悩む立場にいることを意味する。現在は、アメリカを共通の仮想的として、ロシアと中国が連携する構えを見せるが、どこかの段階ではロシアと中国の関係が悪化することが予想される。

仮にロシアが短期的に大きな成功を収めることがあるとすれば、これは「実力をもって国境を変更することがさほど可能である。」という前例を中国に対しても示すことになり、将来のロシアの安全に対してマイナスの影響を及ぼすことになりかねない。

また、武力行使の度合いによっては、同胞と呼び、人種的言語的ルーツを同じくするウクライナとの間で深刻な亀裂を生むことになるだろう。ウクライナは経済的には貧しい国であり、このウクライナを抱え込むことは国力の観点からしても必ずしも得策ではない。従って、戦術的な成功が、戦略的な成功につながらない可能性が相応にでてくる。

アメリカの損得

アメリカにとっては、ロシアのほかにも、中国、イランなど警戒を要する国がある中で、衝突の激化は望ましくない。従ってウクライナ政権も維持され、ロシアの影響力の拡大が部分的なものにとどまり、緊張が一旦収まるなど、体面を保った形で秩序が維持できれば、まずは納得のできる結果だろう。

ロシアのある程度の前進を受け入れざるを得ない中で、この前進に対するコストを経済制裁などの形で支払わせ、徐々にロシアの前進意欲ないし前進能力をそぐ縦深戦略を長期戦で貫くことが基本戦略になるだろう。この上で、持久戦を通じてロシア国内における不満の高まりや、国内の体制不安などを引き起こすことにより、衝突を継続する意思・能力をロシアから奪うことができれば成功といえる。

これに対して、ドイツなどの西側諸国がこの作戦についてこれるか、経済制裁の副作用、そして長期戦になった際に経済制裁を維持し続けることができるか、がポイントになる。

西欧諸国、特にドイツの損得

ドイツの立場は、米中対立における日本の立場に似ている。

安全保障の観点では米国を中心としたNATO体制に負う一方で、経済的な結び付きでは資源の輸入をはじめとしてロシアおよび東欧との結びつきが大きな役割を果たしており、決定的な対立が生じて踏み絵を踏む事態になったときに失うものが大きい。

また、仮にウクライナにロシアの影響力がより強く及んだとしてもポーランドが緩衝地として存在するとは言え、安全保障上の直接的な脅威を感じる立場にいることも、強硬な手段に訴える選択肢を狭めている。

従って、ドイツとしては西側の一員としての立場を堅持しつつも、ロシアに対して強いメッセージを送ることをさけ、ウクライナをある程度犠牲にしてでも事態の鎮静化を目指すことが合理的である。

当面の焦点は、経済制裁が発動された際に、エネルギー供給に支障が生じたとしても、国民がそれを耐える選択肢を選ぶことができるかだろう。

日本にとっての意味

国が力をむき出しにして国益を追求する局面では、理想・正義・善意といったものはすべて吹っ飛ぶ。たよりになるのは、軍事・経済面での国および国民の意思と能力だ。

中国が従来のPax Americanaの秩序を受け入れない姿勢を固めつつある中で、台湾・朝鮮半島を舞台にした米中対決が激化するのは必至である。さらにロシアと違い時間と共に相対的に国力が増す過程にある中国にとって、時間は見方である。

好き嫌いを超えて、日本にとってのアメリカ、日本にとっての中国の位置づけを冷静に考えた上で、来る米中対決激化において日本にどのような選択肢があるのか、あるいは選択肢を持っておくためには、日本が何をしなければいけないのか。ドイツの現状を参考にしながら考える必要がある。

専制国家ファクター

国際政治学で有力な命題の一つに「民主主義国同士は戦争はしない」という命題がある。これは民主的平和論といわれ、カントの「永遠平和のために」や、トマス・ペインの「コモン・センス」などで展開された議論に端を発する。これは実証分析によってもある程度支持された命題であるが、この理由についてはイデオロギー的な説明が多いように思える。

ロシアは制度的には民主主義国だけれど、独裁的な傾向が強く、民主国家同士が平和的である理由としてあがられている多くの説明に当てはまらないので、ここでは非民主国家として扱うことにする。

だとすれば、ロシアないし中国が、より民主的な国家になることがあるとすれば、戦争を避けることが可能になる可能性をこの命題は示唆している。

覇権の移り変わり、国際秩序の変化について考える際に、単に主体がアメリカから他国に移っていくことばかりでなく、移り先の政治体制がどうなのか、またこの意向のプロセスの中でより受け入れやすい政治体制になるような道はあるのか、といったことを考えるべき時に来ている。

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